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Voice
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Nochiw Art Iburi Community
Improvisation/Voice/Instrumental/Compose/ Short movie/Zine
Ayako Ogawa 小川斐子
’’一緒に感じ合うこと’’
コントラバス弾きの’’でく’’です。
まずは名前について、ぼくにも本名というものはありますが、子供達といっしょに何かをやる時には本名はなかなか覚えてもらえないし、わかりやすく覚えやすいようにと’’でく’’kとしました。実は「デクノボウ」の’’でく’’です。
ぼくはずっと以前から宮澤賢治さんが大好きで、多くの影響を受けてきました。早く「デクノボウ」になれたらと思ってますが、今だになれておりません。
ぼくはコントラバス弾きになりたくて、音楽を本格的にやり出しましたが、音の出るものに昔から興味があり、知らず知らずのうちに、アジア、アフリカ、南米とかの楽器類がたくさん集まってしまい、一度に自分一人では音を出せないもったいないなと思い、全部持っていって自由に子供たちに音を出してもらったら、どうなるんだろうと思い、「楽器遊び」ということをやり始めました。
音楽の楽しみ方はいろいろあります。それぞれいいところがあります。でも知識や理屈や情報にとらわれて本当にひとりひとりが自分の感じたものを素直に出せることって少ないのではないでしょうか?自分が自由であることと、いっしょにやっている誰かが自由であることを感じ合い、受け入れあって’’何か’’うまれてきたらいいなと思っています。型のあるものができなかったら、それもいいでしょう。「永久の未完成、これ完成」と賢治さんもいっております。一緒に感じ合った時間は間違いなくあったのです。
音楽は人間だけが造るものではないと思います。ぼく達のまわりにもたくさんの音楽があります。
でもぼくは思います。今日このごろあまりにも、どうでもいい音、ない方がいい音がぼく達をとりまいているような気がします。
音を感じるには静けさも必要だと思います。一瞬の風の音、よせてはかえす波の音、同じものはないのです。
子供達ひとりひとりの音もその時、その時、ひとり、ひとりのものだと思っております。
その一時、一時、ひとり、ひとりを大切に感じていきたいと思っております。 コントラバス弾き でく





「でく さく きこえてくるよ」






1970年上京 本格的にコントラバスのレッスンを受ける。
1970年代後半より即興演奏集団「ニュージャズシンジケート」に参加。この間東京他で舞踏家詩人演劇人等と多数共演する。1980年代 副島照人さんの紹介によりパーカッショニスト富樫雅彦氏の付き人として2年間コンサートレコーディング等を傍らで見聞させてもらう。1990年代帰函し、地元で演奏活動開始。「妻あや」との即興演奏活動とともに、自然に集まった多数のアジアアフリカ中南米等の楽器を持参し、こどもや大人問わず「楽器あそび(自由な集団即興)」を行う。敬愛する宮澤賢治さんの世界や、いろいろな表現をする人々との出会いを楽しみに活動中。「でく」という呼び名は子ども達にもおぼえやすくと思い、賢治さんの「デクノボー」からいただきました。ライブも楽器遊びも数えきれない。
出町建夫 1950年生まれ 1970年代後半から東京で、1990年代後半より函館でベーシストとしての活動拠点とする。
富樫雅彦氏のもとでの体験が彼の音楽に深く影響し、生涯、氏を敬愛していた。
東京から函館に戻り、10年間音楽をやめていた時期がある。しかし、どうしてもコントラバスを弾くことが人生に必要になり音楽活動を再開、
’Meeting’と称した自らの企画のマンスリーセッションや各所で、詩人、ダンサー、演奏者らとの共演やソロ演奏、盲学校や障がいのある子供達と楽器遊びのワークショップを重ね続けた。最後のワークショップは2018年7月25日福島から大沼に合宿に来ていた子ども達と、演奏は函館教育大学講堂同年9月9日が最後で亡くなる1ヶ月と4日前でした。 https://www.youtube.com/watch?v=rhPGEnR3Im8。
、同年10月13日永眠。
